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ついったー

おすすめリンク(個人)

  • 富士山の見えるスタジオA
    花と自然と写真を愛する知人のホームページ。ブログ「緑花文化士が綴る花と暮らす日々」では季節の花、なかなか見かけない珍しい花を紹介してくれています。写真にうっとり。
  • SPICY SOUP !
    大学時代のオーケストラの後輩のブログ。彼の写真、印象に残るものが多くて、ついつい見に行ってしまいます。シンプルで印象に残る文章もグッド。「願わくば,具だくさんで スパイスの効いた 熱い!人生を.」というキャッチフレーズがいいね。
  • 茶娘日記
    元同僚で、元麻布のITウーマンで、現農家の嫁の935のブログ。三重のお茶専業農家に嫁ぎ、かわいい娘さんも誕生。なにげに写真うまいのよね。
  • ペンギンネコ日記
    大学時代の同級生のブログ。愛するネコと植物たちとの生活ぶりが、かわいい写真とともにつづられています。今年はやや転職。とっても勉強家で、ビジネス書などの書評をいつも参考にさせてもらっています。
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  • 鉄道情景への旅
    会社の先輩で私のカメラの師匠でもあるふにゃ氏の運営する鉄道風景写真&エッセイ集。心に残るローカル鉄道沿線の写真は必見。単なる鉄道でも、単なる風景でもなく、その土地の”雰囲気”を感じる、不思議な親しみの湧く写真。実はものすごくこだわって手間かけて撮っているんだということが最近少しずつわかってきたような気がします。写真は奥が深い。
  • しか的すき.
    超多忙な大学時代の同級生deerのブログ。大学院生のはずだがすでに社会人顔負けの本格的な仕事をしているよう。まあ、なんにせよバイタリティと好奇心とLOVEのかたまりのような人です。子どもの心と向き合う現場での丁寧な思索も垣間見えます。
  • 錯雷魂
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  • beart Blog
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2004年12月

2004/12/18

こんなことってありませんか?

明日も会社があるのに、今日も夜更かしテレビっ子。
NHKのETV特集再放送「子ども達の心の闇を越えて」を見た。
といっても、最後の方、社会学者宮台真司氏のトーク部分くらい。
(サラリーマン校長も同じ場のゲストであったが、事実上彼の独壇場となっていた。さながら大学の講義のようであった)

宮台氏は「今、大人が子どもを見通せない」と言っていた。
昔はみんな、大人も子どもも茶の間で同じテレビを見て、流行っている歌手の名前もみんなわかっていた。
今は、大人は子どもの聞く音楽がわからない。聞いても理解できない。
子供同士もわからない。隣の人が聞いてる音楽のこと。でもそれは当たり前。小さい時からそうだったから。
大人は(子どもの関心が)わからないことに慣れてないから、不安になる。
自分の時はそうじゃなかった。同じ歌手の話題で家族が盛り上がっていたと。

しかし、宮台氏は自分の実体験をこう語る。
全く違う関心や行動様式をもつこどもとなんて、わかりあえないだろうな、と思ってたけど、話してみると中身はほとんど同じ。
ごく近い人間関係にはとても気を使う。自分がどう思われているかいつも気をもんでいる。
自分をわかってほしいと思っている。
問題?はその気を遣う範囲がとても狭いこと。だから電車で化粧もできてしまう。

こんな内容のトーク、食い入るように見てしまったのは、他人事とは思えなかったからだ。
今時のといわれる子どもと、私の世代はたぶん共通する部分がある。
(若いといいはっているわけじゃないワヨ)

私の職場は、親に近いほど年配の方が多く、新人の私はベテランの先輩達から日々習い修行の生活。
入ってもう8ヶ月もたつのだが、未だに職場コミュニティになじめていないのが実感。
まず、話題が合わない。たとえ話の有名人の名前がさっぱりわからない(よってここに具体名も書けない)。
「え?OO太郎って?」とでも言おうものなら「やっぱりほら~時代が違うのよ」
さらに、話が盛り上がってつい先輩に突っ込みを入れてしまう失態(?)でもしようものなら「まっきゅーさんはやっぱり今時の人だよね。」と新人類よばわり(私の率直過ぎる発言が悪いのを棚に上げてはいかんのだけど)。
あげくに仕事先の人からは、私のあまりの無知さについに「宇宙人」とのニックネームまでもらってしまう。
いくらなんでも、笑いが引きつる。
ひねくれた見方をするなら、おじさん方も若者を新人類とラベリングすることで自分たちを安心させているのではないのか?
並位の常識はあると半端なプライドを持っていただけに、最近アイデンティティ喪失気味。
雑談が恐い、かも。
たいした事じゃないはずだけど、どつぼにハマッテしまっている。

宮台氏が最後に言っていたこと。
「異質性に対する寛容さこそコミュニティの本質である」
当たり前のような言葉だけど、とらわれ気味の私には「目からウロコ」だった。
自分の中に同質化に対する強迫観念はないか?
「宇宙人」でもなんでもこいってんだ。
と言えるようになりたいなあ…

2004/12/10

冬至もうすぐ…でも!

旧暦と言えば、もうすぐ冬至ですね。カボチャ、大事に保存してますか?まっきゅーはせっかく冷凍保存していたカボチャの最後の切れ端を、うっかりこの間カレーにしてしまいました。楽しみにしてたのにーわたしのばかー

旧暦は、本当に古い?

 小さい頃、七夕は2回あった。7月の七夕は学校の行事で、8月の七夕は確か商店街の祭りだったはずだ。母に、商売では旧暦の行事をまだ続けているんだよ、“旧暦”はカレンダーより一月遅いんだよ、と教わったような気がする。
 今、この旧暦が気になっている。“旧”ではないんじゃないかと思えてきたからだ。なぜ、旧暦の行事はなくならないのか。なぜ、田舎のカレンダー(タクシー会社が配るような)には旧暦が残っているのか。沖縄に行ったとき、ムラの行事はすべて旧暦にそって行われていた。彼らにとっては別に“旧”ではないようだった。この暦は現代では本当に使えないのだろうか。
 おぼろげながら、旧暦は月の周回と関係の深い暦だとどこかで見たような気がする。旧暦が分かるようになると、今まで見えなかった世界が見えてくるんじゃないか。そう思って、『旧暦と暮らす』(ビジネス社、2002年)を手にとった。明日は、この本のまっきゅー的書評をしてみようと思う。

2004/12/05

画家、マティス

上野、国立西洋美術館のマティス展に行って来ました。

たいへんな混雑のなか、押し押されながらの見学。
絵画を好きな人が、こんなにいるのかと驚く。
美術館側の気合も十分。イヤホンできく音声ガイドの貸し出し(有料)もやっていた。
訪れる人にこの展覧会の魅力を十二分に楽しんでほしい、という美術館職員の心意気を見習いたい。

この展覧会に惹かれたのは、地下鉄の駅に張られていた宣伝ポスターが目にとまったこと。
女性が目を閉じている絵。黒く太いタッチに、単純な色使い。
「小学生の絵みたいやな」それでも、見るたびに立ち止まり、心がほっとするような気分になった。

アンリ・マティス。1869年フランス生まれ。法律家の免状を採った後、22歳で画家になる決意をし、パリで研鑚をつんだ。認められたのは50歳になってから。有名なピカソがよき友人だったとか。
私がマティスの絵を見て印象深いのが、鮮やかな色使いと、太く素直な線。
青は本当に真っ青で、赤は全面まっかっか。見ていると、自分の心もその色の気分になる(変な言葉だけどそうとしかいえない)
太い線は、単純だけど、女性のふっくらした体のライン、中国の磁器のつるんとした品のいい形を正にそのように描いている。とにかく、一点一点のインパクトが強い、頭に焼き付けられるような絵達であった。

最後にショップで買ったマティスの紹介絵本に、こんなことが書いてあった。
「(マティスが絵を書く極意は、ひたすら対象を観察することだと説明したあと)天才っていうのは、難問をかいけつするために、たいくつな努力をものともせず、いちばんうまくいく方法を見つけ、愛情をこめて、しかも客観的に仕事ができる人のことをいうんだね。マチスは、自分がさがしもとめているうつくしさを、カンヴァスに表現するために、ほんものとにせものを見分ける目をもちたいと願い、勉強に勉強をかさねたんだ」
(引用『はじめてであう絵画の本13 マチス』あすなろ書房)
美という表現のためだけじゃなく、どんな人の仕事にもあてはまる言葉だと思う。

マティスは、同じ絵を何度も何度も書き直す。その過程を写真に残していたり、時には完成した絵の中に消したラインの痕跡をわざと残している。絵を書く自分の自画像もたくさん描いている。
展覧会でそれらをみているときは「なんちゅうナルシストや」くらいにしか思わなかったけれど、ちがいますな。
音楽にとって、演奏する音楽家自体が芸術であるように、描かれているもの(客体)だけでなく、描くもの(画家、主体)もまた、その作品そのものなのかもしれない。

人間の感じるこころ、それと、それをいかに表現するかということ。
その難しさと努力の大切さを心に刻み付けられた展覧会でした。
見習い編集者、また少し腰が据わりました。

2004/12/03

農家はつながる

メディアのグローバル化が進んでいる。
アルジャジーラの登場で、アラビア世界の様子が生々しく伝わるようになったことが象徴的。
公平なはずのメディアも、自分の国とか、属する権力に有利な角度で情報を伝えている。
テレビで言ってること、全部鵜呑みにしてた自分のオキラクさにぞっとした。
こんな内容のNHK番組をみながら、自国優先の報道は、農の世界も変わりはないなー、とふと思った。

今年、野菜の輸入が増えている。
台風のせいで今年日本の野菜が大不作だったためだ。
「レタスが結球しないから売れないのよ」岩井から野菜の引き売りに来ているおばちゃんから聞いた。
(「ああ、もったいないことですよね。悔しいですね」と相槌を打ったくせに、
今朝”From Korea”の白菜をテレビで見て、「本格キムチが作れる」と小躍りしたわたしはちょっと抜けている。)

当然のことだけど、農家の人は、野菜の輸入に強い反発を持っている。
日本のある団体が中国で農家に技術支援をしていると言ったら「何でそんなことすんだべ。日本の野菜また売れなくなっぺよ。まず自分の国の農家助けることが先じゃねーのか」とある農家に批判された。
それもその通りだ。

しかし、中国で野菜を作ってるのは、同じ農家なんだよね。
何年か前、中国からの輸入ホウレンソウから基準を大幅に超えた高濃度の農薬が検出されて輸入がストップしたことがあった。
ホウレンソウにも農薬かかってたけど、同じくらい農家自身にもその農薬はかかってる。
農薬漬けで体を壊し、苦しんだ経験は日本の農家も多く経験されていることと思う。
少し前の日本の農家の姿そのものがいま中国にあるのではないだろうか。
よっぽど他人じゃない同士じゃないのと思うけど、しょせん頭でっかちの若造の考えることか。

それでもあえて書きます。関税をどうするかとか、日本の農産物も輸出するのしないの(もうしてる)とか、農に携わる人はそんなふってわいたような市場経済論の土俵で議論すべきではないのではないか。
互いの生活を互いに侵害しないそれぞれの国の農のあり方が、農家同士の知恵の出し合いから生まれる可能性がありはしないだろうか。
各国の農家の視点で情報発信、それぞれの思いの交流。そういったことが、もっとできないものか。

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